わたしはわたし

子供の頃、ちょっと変わった環境で育ちました。色々大変な時期もあったけど子供たちに今を飽きらめずに生きてほしい気持ちと母の自立を願いつつポエムにしてます

わたしはわたし

あたたかい きもち

とても きもちいい

 

わたしは ひとを しんじる のが

ずっと にがてで こわかった 

 

ひとが ひとを すきになる

 

よのなか に あい などいう 

うつくしいものは ないと うたがいしかなかった

 

しほんしゅぎの このよは うすよごれた まっくろな せかい

おかね が しゅどうけん を にぎる ばしょ

 

そして まっくろな せかいが こわくて

わたしは いつも だれかの まねをして いきていた

 

ほんとうの じぶんを だすのが こわいから

いつのまにか だれかの まねが とくいに なった

 

かめんを かぶる じぶんが 

ほんとうの じぶんか じぶんでも わからなくなった

 

じぶんの じんせいは つらく くるしいものだと おもいこんだ

 

どんなに くらくても つらくても

ただ ただ あかるく まえむきに いきようと がんばった

 

そして つくり えがおも とくいに なった

 

でも くらいみちは くらいみちで おわりじゃなかった

くらい みちには ちゃんと あかるい みらいに つながっていた

 

ひかりの そんざいに きづくと かめんをぬぎたくなっていた

 

いつのまにか とくいな ひとまねや 

つくり えがおは ひつようでは なくなった から

 

ほわほわしてる あたたかい ひかり

わたげのような やわらかい ひかりに つつまれ

 

ちいさなころに ぽっかり あいた

わたしの こころの あなは

 

その あたたかい ひかりに

ただ ただ みたされていく

 

そして わたしは

しあわせと ひかりで みちていく

 

まるで わすれていた きおくと じぶんを  

とりもどす ように

 

あの くらい みちのりは

この ひかりの たいせいさが わかるため ひつよう だったのだと 

いまなら わかる

 

そして わたしは かめん をてばなした

ほかの だれでもなく わたしで よいのだと